« 2008年7月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年8月

僕の夏休み

■僕の夏休み

当時、僕は小学校3年生だった。夏休みの半ばにある登校日に、僕は朝から腹を立ててた。なんで、夏休みに学校に行かなければならないんだろう? 授業があるわけでもなく早起きして学校に行って先生の退屈な話を聞き、帰るだけなのに。
学校からの帰り道はひとりだった。うだるような暑さの中、顔中に汗を浮かべながら帰路についた。遠くに少しだけ海が見えた。僕はそのキラキラと反射する海の水面をぼんやりと眺めながら歩いた。ふと足元を見ると1匹の三毛猫がいるのに気づいた。猫はとてもおとなしく、逃げる様子もなかった。僕は猫にそっと近づき、その柔らかな背中を撫でた。猫は嫌がるでもなく、半ば眠たそうに撫でられるがままに、時折、シッポを軽く振るだけだった。しばらく撫でていると、頭の上の方から声がした。
「その子はお母さん猫なんだよ」その声に上を見上げると、優しそうな笑顔のおばあさんが立っていた。返事をせずにいる僕に、おばあさんは続けた。「三毛猫っていうのはだいたいがメスなんだって。詳しいことは分からないけど、三毛猫のオスっていうのはほとんどいないらしいよ」
僕はなんて返事をして良いのか分からず、ただおばあさんに向かってうなずくのが精一杯だった。
おばあさんは「ちょっと待っててね」と言うと、家の奥から冷たいおしぼりと、氷の入った麦茶を持ってきてくれた。
僕はカラカラに乾いた喉に麦茶を一気に流し込むように飲んだ。その時の気分は最高だった。喉を通る麦茶の味が、まるで天の助けの様に感じた。慌てて全部飲み干した後、僕の口から漏れる声におばあさんは微笑んだ。そして、僕の額を冷たいおしぼりで拭いてくれた。僕は親切にしてくれるおばあさんに気分が良くなり、小さな声で「ありがとうございました」と言って家路へとついた。

翌日、猫のためにニボシを持って昨日のおばあさんの家へと向かった。うだるような暑さの中、猫は涼しげな顔で身体を横たえていた。なんとかニボシを食べて貰おうと猫の鼻先にニボシを置いてみたり、少し離れたところに置いてみたりしてみた。猫は少しだけ興味を示したが、すぐにあきらめてしまった。僕もあきらめて、猫の傍に持ってきたニボシを全部置いた。そして、いつ食べてくれるのだろう?と猫が起きあがるのを待った。
おばあさんは僕に気づくとすぐに出てきてくれた。
「猫にご飯をくれたの? ありがとうね」とおばあさんは言いながら微笑んでいた。そして引き戸を開けて、僕を家の中へと入れてくれた。小さなコップにオレンジジュースを入れて、そろそろと歩きながら僕の目の前に置き「オレンジジュースは飲める?」と聞いた。僕は軽くうなずき、「いただきます」と小声でつぶやくようにしてコップを手に取った。
おばあさんは、昔どこかで見たことのあるような茶菓子を僕に勧めながら言った。
「猫は一番涼しいところを知ってるんだよ。自分で一番涼しい場所を見つけて、そこで寝てるの」その優しい声の響きがとても心地よかった。

それから僕は、毎日ニボシを持っておばあさんの家に通うようになった。その度におばあさんはお菓子やジュースを出してくれた。そしてジュースを飲みながらおばあさんの話を聞くのが日課になった。時にはアイスクリームを買って待っていてくれることもあった。
おばあさんの話は昔話が多かった。大きな地震の話や戦争の話、昔住んでいたところの話、子供の頃の話、そして人生訓を聞かせてくれた。僕にはどれも退屈だったけど、不思議とおばあさんの声は心地よかった。僕に話しかけていると言うより、昔を懐かしみながらひとり言でも言っているような感じだった。
ある時、おばあさんはこんなことを教えてくれた。「幸せな人生を送るためにはね、他人に期待しないこと。多くを望まないことだよ。何も望んでいなければ、自分の思い通りにならなくったって少しも嫌な思いはしない。そして、あらゆることに感謝すること。ありがたいなぁと思っていると、ほんの些細なことも幸せに感じてくる」そして、またひとり言のように続けた。「期待さえしなければ、何でもありがたい」
僕はその意味がまるで分からなかった。ありがたいものはありがたいし、期待することは期待する。

ある日、同じようにおばあさんの家を尋ねてみると、おばあさんは手で這うように出てきて「どうぞ、上がって」と声を掛けてくれた。足には白い包帯が巻かれていた。そして土間を指さしながら、転んだことを教えてくれた。幸い骨折などは無かったが、もともと、そろそろとしか歩けなかったおばあさんは、足の痛さで立ち上がることもできなかった。その日はジュースもアイスクリームもなかった。お菓子もなかった。そして足に巻かれた包帯をさすりながら転んだ経緯を何度も何度も繰り返し僕に
話すのだった。僕はジュースやアイスクリームが無かったことを不満に思った。

そして、その翌日もジュースやアイスクリームは出て来なかった。僕は不思議に思った。今までは毎日、ここに来さえすれば当たり前のようにジュースやアイスクリームが貰えたのに。もしかしたら歓迎されてないのかも、という気さえしてきた。
3日目は覚悟をして、おばあさんの家に向かった。今日も何も出してくれなかったら、もうここに来るのは止めようと思っていた。案の定、おばあさんは何も出してくれなかった。僕はいよいよ不満が募り、おばあさんを睨み付けた。
「今日は機嫌が悪いんだね。何かあったの?」と優しく声を掛けてくれるおばあさんに、僕は無言で答えた。
おばあさんは困った顔をして僕の顔をのぞき込んだ。いつも笑顔でいるおばあさんの困った顔を初めて見て、少し申し訳ないような気はしたが、それでも僕は自分は間違ってないと思っていた。
おばあさんはすっと立ち上がり、冷たいおしぼりと氷を浮かべた麦茶を持ってきてくれた。最初に出会った日と同じように。
しかし、僕はそのどちらにも手をつけなかった。そしておばあさんを睨んで、立ち上がり、おばあさんの家を出た。そしてやりきれない思いのまま海に向かった。

海辺の防波堤に腰掛け、キラキラ光る波を見ながら後ろに蝉の声を聴いていた。
僕は何がこんなに不満なのだろう。僕は何に対してこんなに腹を立てているのだろう。しばらくひとりで考え込んだ。最初、出会った日の麦茶はあんなに素晴らしく美味しかったのに、今日の麦茶は飲みたくもなかった。もっと違う何かが出てくるのを期待していたのかも知れない。そうか。僕は何かに期待しすぎていて、それが叶わなかったことに腹を立てているんだ。なんて無駄なことをしているんだろう、と心の中で思った。出会った日に出された麦茶は、全く期待していなかったからこそ、天の助けのように素晴らしく美味しく思えた。でも、最近ではジュースやアイスクリームが出てくるのが当たり前になって、それが出て来ないだけで不満に思っていたんだ。そう気づいた頃には、辺りは夕暮れに赤く染まっていた。
「期待さえしなければ、何でもありがたい」僕はおばあさんの言葉を思い出していた。

翌日は気まずかったので、おばあさんの家には行けなかった。そしてその翌日も。おばあさんに謝りたい気持もあったが、恥ずかしくてうまく言えそうな気がしなかった。結局、夏休みが終わるまでおばあさんの家には一度も行かなかった。

夏休みが明けて登校日の帰り道、おばあさんの家の前を通ると、人がたくさん集まっていた。不安を抱えながら中を覗くと、お通夜の準備が始まっていた。僕は呆然とした。白い布を被せられて布団に横たわるおばあさんの姿を見て、申し訳ない気分でいっぱいになった。おばあさんの枕元には、自分と同じくらいの年齢の男の子の白黒写真があった。その子供はおばあさんの子で、たったひとりの肉親だったらしい。おばあさんが毎日、僕に優しくしてくれたのは、その子の代わりだったのかも知れない。それなのに、僕がおばあさんに最後に見せた顔は、おばあさんを恨むような睨み付ける表情だったのだ。

30年経った今でも、この田舎に戻ってくると必ずおばあさんと出会った場所へ行く。そこにはもう、おばあさんの家は無いけれど、少年に戻った僕は今でもおばあさんに謝り続けているのだ。
そしておばあさんから聞いた人生訓を口にする。
「期待さえしなければ、何でもありがたい」

.

.

.

.

| | コメント (4) | トラックバック (0)

エネミーオブアメリカ

■google map
http://maps.google.co.jp/

google mapを表示して、適当な東京都内の住所で検索。

その後、地図のところにある「ストリートビュー」というボタンをクリックすると

いろんな場所のPHOTOが見られます。

上も下も横も、縦横無尽に見れるのがすごい!!!

昔住んでた新宿と三鷹と保谷をじっくり散策して来ました。

おためしあれ!

映画「エネミー・オブ・アメリカ」を思い出しました。
http://www.simpson-bruckheimer.com/enemyofthestate/



■詳しい使い方
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20378...

■このカメラで撮影
http://www.gizmodo.jp/2007/06/post_1614.html


.

.

.



| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年10月 »