« SFAの問題点:01 | トップページ | 深刻な「第2の災害」 »

「愛」とは。「善」とは。

「愛」と「善」と「悟り」は同じものでした。
それを簡単に説明します。

何度も出てきますが、「ベクトルの向き」のお話から。
ベクトルの向きとは、心の矢印のようなものだと思ってください。
心の矢印というのは自分を向いていたり、相手を向いていたりします。

マザーテレサは「愛の反対は憎しみではない。無関心である」と言っています。
無関心の反対は関心を持つということ。
無条件の肯定的な関心を相手に向けるということは、心の矢印が全て相手の方に向いているということです。
これが「愛」です。

相手に無条件の肯定的関心を向け続けると、自己は無限に拡散しますから、自分は限りなく「無」になります。つまり悟りの状態ですね。

善というのは定例的に常に善い行いをすることです。
見返りを期待せず、それを常に行う事です。
見返りを期待しないということは、自分は無なのですから、同じ状態です。

褒美も期待せず、来世も期待せず、アセンションも期待せず、
死後の世界も期待せず、生まれ変わりも、愛されることも、楽しみも、
一切、何も期待せずに善い行いをすること。
それこそが、「善」です。

逆にそれらを期待することを「煩悩」と言います。
現世利益や来世利益を説く宗教もありますが
そんなことを期待するのは、煩悩なのです。

「神様は解っていて下さる」とか、「死後に魂のレベルが上がる」とか
そんなことを期待するのは、善ではありません。「煩悩」です。

ちなみに、「愛」というのは「状態」です。
自覚することはできますが、他人がそれを判断できるものではありません。
全ての矢印が相手に向き、定例的に善を行い、自分の内部探索を行わずに居られるとき。
その瞬間が「愛」の状態なのです。

----------------------------------------------------

哲学入門 (ちくま学芸文庫)
哲学入門 (ちくま学芸文庫) Bertrand Russell

おすすめ平均
stars分析哲学入門
stars「知る」について考える
starsものを考えるということ
stars日常性を疑う勇気
starsラッセル一押しの名著。初読者には、つまずきのポイントもあるかも。

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

----------------------------------------------------



|

« SFAの問題点:01 | トップページ | 深刻な「第2の災害」 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1014020/33316402

この記事へのトラックバック一覧です: 「愛」とは。「善」とは。:

« SFAの問題点:01 | トップページ | 深刻な「第2の災害」 »